2025.08.12・最終更新日:2025.08.14

少し注意をしただけなのに、「パワハラだ!」と言われてしまった。
注意に応じないばかりか、指導をした際の言動を「パワハラ」だとして部下から謝罪を求められたり、慰謝料を請求されたりする「逆パワハラ」が増えています。
そこで以下では、そもそも「パワハラ」って何なのか、パワハラの定義を確認したうえで、上司の指導をパワハラだと指摘して謝罪・慰謝料の支払いを求めるモンスター社員の「逆パワハラ」への対処法を解説します。
通常、パワハラが問題とされるのは上司から部下に対する指導における発言内容や行動などです。
しかし、最近では部下から上司に対する言動が問題とされています。
この部下から上司に対するパワハラを「逆パワハラ」といいます。
厚生労働省は職場でのパワハラを以下のように定義しています。
【パワハラの定義】
優越的な関係を背景とした言動であって
業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより
労働者の就業環境が害されるもの
このうち「優越的な関係を背景とした」という部分が、上司と部下の関係を連想させ、パワハラとは上司から部下への一方的な行為であると認識されてしまいがちです。
しかし、厚生労働省は「優越的な関係を背景とした言動」について、業務を行うにあたって、その言動を受ける労働者がその言動を行った者に対して抵抗または拒絶することができない可能性が高い関係を背景として行われるもの、としています。
例えば、経験者採用で中途入社した社員が仕事に必要な知識や経験を多く持っており、上司よりも「優越的な」関係になることはあり得ます。
このようなケースを想定して、厚生労働省は、「部下による言動」もパワハラにあたる場合があることを認めているのです。
これこそが「逆パワハラ」です。
逆パワハラの定義をみましたが、具体的に逆パワハラにあたる事例を見ていきましょう。
先ほども紹介したとおり、この事例は①部下による言動で、その言動を行うものが業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、その部下の協力を得なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難である場合や、②部下からの集団による行為で、これに抵抗または拒絶することが困難である場合です。
たとえば、(ⅰ)未経験の部署に異動してきた上司と長年その部署で勤務し、経験・知識が豊富な部下といった関係や、(ⅱ)複数の部下(集団)が上司(個人)からの指導に従わない場合は、「優越的な関係を背景とした言動」となり得ます。
以下の事例では、「業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」にあたります。
業務を行う上で明らかに必要のない言動
「そんなこともわからないんですか」
「あなたのいうことを聞く必要はない」
「無能」など
業務の目的から逸脱した行動
殴るなどの行為
上司に向かってものを投げる
周りのものを蹴る
業務を行う手段としてふさわしくない言動
上司の指示を無視する
業務上必要な報告を上げない
業務内容を教えない
これらはいずれも「業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動」といえます。
2)で述べた部下の言動により上司が身体的・精神的に苦痛を感じ,職場環境が不快なものとなったため、能力が十分に発揮できないあるいは休職しなければならなくなったなどの仕事をする上で見過ごすことができないほどの支障が生じている場合には「労働者の就業環境が害された」といえます。
他方で、「逆パワハラ」をする社員(「モンスター社員」といいます)の特徴も確認しておきましょう。
これまではどういった「行為」が逆パワハラにあたるのかを見てきましたが、以下では、どういった「人」が逆パワハラをするのかを確認することになります。
定年後の再雇用の場合や転職などにより、上司よりも年長者が部下として働くというケースが増えています。年長者というだけで上司の業務指示や命令に従わなかったり、いちいち反発したりと協調性を欠く言動を行う可能性があります。
自分の方が上司よりもスキルがあるから、上司の指示を聞かない、上司を無能呼ばわりするなど、自分の方が上司よりも有能だと思っている社員です。
パソコンの操作やタスク管理ツール、社内の連絡アプリなど次々と更新される最新の情報・技術に順応しやすい若手社員がそのような情報・技術に遅れがちの上司に対して自分の方が仕事ができると勘違いしてしまう社員は上司に反抗的な態度を取りがちです。
転職が増えたことにより、同業他社からやってきた社員が、「前の職場ではこうしていた」、「これまではこのやり方で通っていた」など、会社のルールや仕事の進め方に従わず、逆に会社のやり方が間違っているなどと批判する社員は、上司と対立しがちになります。
逆パワハラが起きた後に対処すべきなのは当然ですが、そもそも逆パワハラなんて発生しないことが望ましい。
そこで予防策を考える上でまず、逆パワハラが生まれる3つの原因を把握していきます。
部下がミスをしても指摘・指導することが面倒だったり、指導することで職場の雰囲気を悪くすると考え、そのまま放置する。あるいは、部下が年上のため指導できない、という状況が続くと、部下は上司を軽く見てしまい、たまに指摘・指示されると反発するようになります。
このように上司の部下に対する指導力。管理能力の不足が逆パワハラを発生させる一つの原因です。
配置転換などにより未経験の部署に上司として異動した場合、部下の方が業務に精通していることがあります。
また、最新の技術・新しいビジネススキルなどは若い部下ほど順応でき、能力的に劣ってしまうこともあるでしょう。
そのため、自分のほうができるのになぜ上司の指示を聞かないといけないのかと部下が上司に不満をもつようになり、反発の原因になります。
そもそもパワハラは上司から部下に対する言動をいうのであって、部下の上司に対する言動はパワハラにならないという間違った思い込みが逆パワハラを横行させてしまいます。
モンスター社員による逆パワハラを放置した場合、そのリスクが大きいため、以下3つの対処法を実践してください。
逆パワハラを行う社員に対し、まずはしっかり指摘・指導し、逆パワハラを止めさせることが重要です。
そして単に口頭で指摘・指導するのではなく、逆パワハラの事実を記録した上で、具体的な部下の言動を示して、パワハラにあたる可能性があるためそのような言動は行わないようメール・書面といった記録が残るかたちで繰り返し指導しましょう。
上司の上長も同席の上で面談するという方法も効果的です。
逆パワハラが行われている上司・部下の関係はすぐに修復できない可能性が高い上、逆パワハラを受けている上司は精神的な苦痛を負っています。
そのような状況を放置していれば、上司が休職・退職するリスクは増加します。
そこで、疲弊している上司を別の部署に移す、あるいは、逆パワハラを行う部下を別の部署に異動させることにより、まずは距離をとらせることでリスクを抑えることができます。
ただし、部下を異動させる場合は異動先の職務内容、通勤時間の延長、給与の低下など労働条件が不利になる場合は異動させる部下の同意が必要であることに注意してください。
繰り返し指導しても逆パワハラを止めない、異動先の部署でも逆パワハラを行うなど、改善が見られない場合には、他の社員に対しても示しをつけるため懲戒処分を行うことを検討する必要があります。
ただし、懲戒処分には「戒告」、「減給」、「出勤停止」、「降格」、「解雇」など様々なものがあります。ただちに、解雇といった重大な処分をすると、解雇が無効であると争われるなど、別の法的問題が生じる可能性があります。
そこで、まずは、処分内容が小さい「戒告」から行い、逆パワハラが繰り返されるようであれば段階的に重い処分を行うようにしましょう。また、最終的に解雇を選択する場合であっても、社員に自主的な退職を促す退職勧奨をまずは行うようにしてください。
モンスター社員による逆パワハラへの対処法を見てきましたが、特に最終手段としての「解雇」が妥当だったのかで裁判に発展することがあります。
そこで、逆パワハラへの解雇が有効・無効とされたそれぞれの「判例」(裁判所で判断を示された事例のこと)をみていきます。
新しく赴任してきた上司が、職場で大声で同僚を怒鳴りつける部下を注意したところ、部下が上司の自宅に複数回電話をかけたり、上司を誹謗中傷するビラを社内外で配布したりしたため、その部下を解雇したという事案です。
裁判所は、部下の行為が常識に外れたものであることや極めて著しく職場の規律維持・正常な業務運営を妨げたとして、解雇を有効と判断しています。
ソフトウェア会社が従業員に対し、取引先にシステムエンジニアとして派遣命令を行い、一旦は了承したにもかかわらず、派遣業務が始まる間近になって、通勤時間が増えることを理由にマンスリーマンションの賃料の負担や増加した通勤時間も勤務時間と取り扱うことなど無理な要求を行いました。会社がこの要求を断ると、自身が受けたセクハラ被害に対する会社の対応不足を持ち出し、更には上司におびただしい数のメールを送信し、暴言を吐くなどの行為に及び、結局、会社は取引先にシステムエンジニアを派遣することができず、取引先との関係は途絶えたという事案です。
この事案では、たしかに従業員はセクハラ被害を受けていましたが、派遣命令が出される6か月前にはセクハラ行為自体は行われなくなっていました。従業員は派遣命令を拒否した後、セクハラ被害を理由にうつ状態となったとして休職しましたが、その間も上司へ誹謗中傷は行われていました。
会社は解雇に先立って退職勧奨を行っており、また解雇も懲戒解雇ではなく、普通解雇としましたが、裁判所は派遣命令違反について懲戒解雇にされても仕方のない非違行為と述べた上で、普通解雇を有効と判断しています。
特別養護老人ホームや老人デイサービスセンターを営む社会福祉法人が、認知症が進み重症度の高い施設利用者の多いフロアを担当することとなった従業員が、施設利用者の配慮よりも自身の負担軽減を優先していたため女性かつ年下である上司から注意されたことに対して、次第に業務命令に従わなくなり、施設利用者の前で大声を出したり机を叩くなどして不満・威圧的な態度を示すようになりました。また、そのような従業員にならって業務命令に従わない他の従業員が出てきたり、従業員からの反発や粗暴な言動を受けた上司は精神的な負担が増え、同じ職場では働けないと訴えるようになりました。社会福祉法人は、解雇に先立って、問題の従業員に対し、上司への発言を厳しく注意しましたが、従業員の態度は変わらなかったため、解雇したというものです。
この事案について第一審の裁判所は解雇は有効と判断しましたが、第二審の裁判所は、解雇という結果の重大性から、まずは解雇を回避するための措置をとらなければならないとし、従業員の問題行動は年下の上司への反発と重症度の高い施設利用者を対象とする労働環境によるものであるから、配置転換により他の上司のもとで働かせることを検討すべきだったなどとして、解雇を無効と判断しています。
その結果、社会福祉法人は、650万円を超える支払いと従業員の雇用の継続をすることとなりました。
逆パワハラが横行している場合、目を向けたくなります。
ですがこれを放置すると以下3つのリスクがあります。放置せず早急に対処しましょう。
そもそも逆パワハラをしている社員には自分の言動がパワハラにあたるという認識がない可能性もあります。そのような社員の逆パワハラを放置しておくと、言動の内容はどんどん激しくなっていき、職場の雰囲気は悪くなり、労働効率の低下を招きます。
また、逆パワハラを放置すれば、逆パワハラを受ける上司の精神的負担は重くなる一方で、体調に異変を来したり、うつ病を発症するなどにより、休職・退職しなければならなくなります。そうなると管理職を任せることのできる人材を失うことになります。
部下からのパワハラにより精神的な苦痛を受けた上司が、逆パワハラを放置したことを理由に会社を訴え、損害賠償を請求するといった訴訟リスクが生じる可能性もあります。
ここまで、モンスター社員からの逆パワハラが発生した後の対応やリスクについて述べてきました。
ですが、そもそも「逆パワハラを生まない」予防策が取れれば、それがベストでしょう。
そこでここからは、逆パワハラが生まれる原因を踏まえ、以下3つの予防策を提案します。
職場研修を行いましょう。どのような行為がパワハラにあたるのかといったパワハラの定義の説明から、部下の上司への言動もパワハラにあたることなどを従業員全員に認識させることは重要です。
研修の中で逆パワハラにあたる可能性のある言動を見聞きした場合には報告をあげるように徹底させるよう指導することで、問題が大きくなる前にパワハラの存在を知ることもできます。
職場での研修にハラスメント問題に精通した弁護士を招くことも効果的です。
就業規則に逆パワハラを含むパワハラを禁止することや逆パワハラにあたる行為が懲戒処分の対象となる行為であることを就業規則に明記することで、従業員にパワハラを行えば処分が課されることを周知することができます。
また、パワハラを理由として解雇などの懲戒処分を行うためには、あらかじめ懲戒処分の種類、懲戒処分に該当する事由などを就業規則に明確に定めておくことが必要となりますので、この点でも就業規則にパワハラの規定を設けることは大切です。
ハラスメントがあったときに相談先があらかじめ確保されていることは、従業員の安心にも繋がります。社内に相談窓口を設置することは気軽に利用できるというメリットがありますが、一方で社内だからこそ他の従業員の目が気になり相談しにくいという場合もあります。
そのような場合には法律事務所などの外部機関に相談窓口としての対応を依頼することもできます。
逆パワハラへの対処法を間違えると、裁判にまで発展する大事になりかねないことがわかりました。
そのため、逆パワハラが判明した時点で以下5つの相談窓口に持ち込むのもおすすめです。
【5つの相談窓口】
社内の相談窓口
総合労働相談コーナー
都道府県労働局雇用均等室
労働条件相談ほっとライン
弁護士
そもそも、企業にはパワーハラスメント防止法により、パワハラ防止措置の一環として、企業にハラスメントに関する相談窓口の設置が義務付けられています。
企業の相談窓口を利用した場合、企業は事実関係をヒアリングし、その事実関係の有無を調査・確認がなされ行為者への注意や相談者と行為者との隔離など相談者・行為者に対する措置、当事者に対する関係改善の援助が行われます。
また、企業は従業員に対し、ハラスメントの相談を行ったことを理由として、解雇その他の不利益な取り扱いをしてはならないとされているので、安心して相談できます。
企業内での自主的な解決が困難な場合には、都道府県労働局の「総合労働相談コーナー」に相談することができます。
労働相談コーナーは無料で利用でき、事前の予約も不要です。専門の相談員が問題の解決方法の提案をしてくれます。
ただし、あくまでも【解決方法の提案】であり、問題を直接解決してくれる機関ではありません。
相談内容に応じた紛争解決援助制度、法律上可能な対応策の説明、法律内容についての情報を提供してもらえます。紛争解決援助制度として、都道府県労働局長による助言・指導・勧告、調停委員による調停があります。
もっとも、労働局長による助言等が企業に向けてなされたとしても、問題解決には当事者双方が助言等の内容に従う必要があります。調停制度を利用する場合、所定の申請書を作成する必要がありますし、調停が行われたとしても調停員が提示する調停案に双方同意しなければ問題解決にはなりません。
厚生労働省から委託を受けた電話相談窓口です。平日だと17時から22時、土日祝日は9時から21時までと夜間にも利用できます。
他方で、違法な時間外労働や賃金不払いについての相談対応がメインとなるため、ハラスメントに関する相談は、専門の相談窓口の紹介となり、紛争の直接解決とはなりにくいです。
また電話での相談であるため、対面での相談と比べるとハラスメントを受けている状況が伝わりにくく相談員に理解してもらいにくいという側面があります。
パワハラにより精神的な苦痛を負った場合、パワハラの行為者に対する損害賠償請求を行うことが考えられます。
その実現にあたって裁判を見据えた証拠の保全などの専門的な助言を受けることができます。
しかし、上記4つの相談窓口が無料であるのに対し、弁護士への相談には費用がかかることがありますし、相談したとしても法律の専門家としての視点から損害賠償請求はできないという結論が提示されることもあります。
最後に、逆パワハラに関してよくある質問にお答えします。
仕返しはすべきではありません。仕返し自体がパワハラとなる可能性があり、被害者であったあなたが加害者になる可能性があることや仕返しすることで問題を大きくしてしまうことにつながるからです。
まず、逆パワハラを行う従業員に対し、指摘・指導する場合には録音を行う、またはメールで行うなど必ずどのような指導を行ったのか後で第三者が確認できるようにしましょう。
その上で、「言いがかりだ」と言われた場合には、冷静に逆パワハラにあたる行為をあげて、それがなぜパワハラにあたるのか根気強く説明することを心がけてください。
逆パワハラに耐えきれなくなり退職を決断した場合、基本的には会社都合退職となります。しかしながら会社がパワハラを認めない場合には、離職証明書に会社都合と記載しない可能性もあります。そのため、逆パワハラを受けたときにその内容を録音する、上司や相談窓口に対し逆パワハラを受けたことをメールで報告するなどして逆パワハラを受けていたことをあとで説明できるようにしておきましょう。
部下の上司に対する言動もパワハラになりえます。
逆パワハラを行う社員を放置していると社員の勤務態度がさらに悪くなり,上司の体調や精神に悪影響を及ぼし、職場環境も悪くなるし、新たな逆パワハラを行うモンスター社員を生むことになります。
そのような事態になる前に、逆パワハラが発覚したときはすぐに注意し、記録に残すことを心がけてください。
解雇という手段をとる場合は解雇が有効と認められるために適切な手順を踏みましょう。
また、逆パワハラを防止するためにも就業規則を整備することも重要です。
逆パワハラを行うモンスター社員への具体的処分が適正か、就業規則の内容が逆パワハラを防止するために効果的か、逆パワハラを受けた社員の相談窓口などには逆パワハラ対策に精通している弁護士に助言を求めましょう。
2025.08.12・最終更新日:2025.08.14